世界の軍用航空機市場は、地政学的リスクの高まりと技術革新を背景に、中長期的な拡大が見込まれている。市場調査会社Fortune Business Insightsの軍用航空機市場レポートによれば、世界の軍用機市場規模は2018年に402億2,000万米ドルと評価されており、予測期間2024〜2032年にかけて年平均成長率(CAGR)6.0%で成長し、2032年には857億9,000万米ドルに達すると見込まれている。2018年時点では北米が40.5%という高いシェアを占め、市場をけん引している。
- 軍用航空機市場の概要
軍用航空機は、各国の防衛・安全保障戦略において中核的な役割を担う装備であり、空対空・空対地戦闘、戦略・戦術輸送、情報・監視・偵察(ISR)、海上監視、空中給油など、多様な任務に対応するプラットフォームとして発展してきた。
とくに近年は、
- 大国間競争の再燃(米中・米露関係など)
- 地域紛争・テロ脅威の長期化
- サイバーおよび電子戦の高度化
- 無人航空機(UAV)との連携・分業の進展
といった要因により、従来型の戦闘機・輸送機のみならず、マルチロール機、ISR専用機、海上パトロール機、空中給油機など、任務特化型・多用途型の軍用航空機へのニーズが拡大している。
- 市場規模・成長予測
同レポートによると、軍用航空機市場は2018年時点で402億2,000万米ドルの規模であったのに対し、2032年には857億9,000万米ドルへとほぼ倍増する見通しである。2018〜2032年の期間における年平均成長率(CAGR)は約6.0%とされ、他の防衛関連セグメントと比較しても堅調な拡大が予想される。
主な成長ドライバーは以下の通りである。
- 老朽化した機体の更新需要(第3世代・第4世代戦闘機から第4.5世代・第5世代機への更新)
- 長距離・高機動・ステルス性能を備えた戦闘機や爆撃機の調達拡大
- 多用途任務(マルチロール)に対応できる機体へのシフト
- ISR能力の強化ニーズと、専用機・改造機の需要増
- 空中給油・戦略輸送能力の向上を目指した大型機調達
- アビオニクス、センサー、武器システムなど、搭載システムの高度化・近代化
また、単に新型機を調達するだけでなく、既存機の近代化改修・ライフサイクル延長プログラムへの投資も増加しており、「新造機+アップグレード」の双方が市場成長を支えている。
- タイプ別分析:固定翼 vs ロータリーブレード
3-1. 固定翼機(Fixed Wing)
固定翼機は、軍用航空機市場の中核をなすセグメントであり、代表的なカテゴリーとしては以下が挙げられる。
- 戦闘機(制空・対地攻撃・対艦攻撃など)
- 爆撃機(長距離打撃、戦略攻撃)
- 軍用輸送機(戦略・戦術輸送、空挺部隊投入)
- 海上パトロール機(対潜戦・海上監視)
- 空中給油機(作戦行動半径拡大)
- 情報・監視・偵察(ISR)機
近年のトレンドとしては、F-35に代表されるステルス戦闘機や、ネットワーク中心戦(NCW)に対応した「センサーフュージョン機能」を備えたマルチロール機への需要が高まっている。これらの機体は、自己完結的な戦闘能力だけでなく、戦場全体の情報ハブとして機能することが期待されている。
3-2. ロータリーブレード機(Rotary Blade / 回転翼機)
ロータリーブレード機、すなわち回転翼のヘリコプターおよびティルトローター機は、以下のような任務に欠かせない存在である。
- 近接航空支援(攻撃ヘリコプター)
- 輸送・空中機動(兵員・装備輸送、メディバック)
- 捜索救難(SAR/CSAR)
- 対潜戦・対水上戦(艦載ヘリコプター)
- 特殊部隊支援
Future Vertical Lift(FVL)計画などに代表されるように、より高速・長距離・高生残性を備えた次世代回転翼機の研究開発が進んでおり、2030年代を見据えた市場形成が始まっている。とくに都市・山岳・ジャングルなど、滑走路の整備が困難な環境での機動展開能力は、多くの国にとって戦略的価値が高い。
- アプリケーション別分析
軍事航空機市場は、主に以下のアプリケーション別に分類される。
- 戦闘(Combat)
- 制空戦闘、対地・対艦攻撃、電子戦など。
- 第4.5世代・第5世代機へのシフトと、将来第6世代機プログラムが市場を牽引。
- マルチロール航空機(Multirole Aircraft)
- 制空・対地・ISRなど複数任務をこなす汎用機。
- 限られた防衛予算で最大の効果を求める国にとって魅力的な選択肢。
- 軍用輸送(Military Transport)
- 兵員・物資輸送、空挺降下、人道支援・災害救援(HA/DR)など。
- 近年は軍事作戦だけでなく、災害対応能力としても重視されており、二重用途(デュアルユース)価値が高い。
- 海事パトロール(Maritime Patrol)
- 対潜戦(ASW)、対水上戦(ASuW)、排他的経済水域(EEZ)監視。
- 海洋権益を重視する国々では、長時間滞空能力を持つ海上パトロール機の調達・改修が進む。
- タンカー(空中給油)
- 戦闘機・爆撃機・輸送機の行動半径拡大、持続的な空中作戦支援。
- 長距離作戦やグローバル展開能力を求める国にとって必須インフラ。
- 偵察および監視(Reconnaissance & Surveillance)
- 電子情報(ELINT)、通信情報(COMINT)、画像情報(IMINT)などの収集。
- 有人機と無人機の組み合わせによる複層的ISR網の構築が進行。
- その他(Others)
- 訓練機、テストベッド機、指揮統制機(AEW&Cなど)を含む。
- パイロット養成およびネットワーク戦対応の訓練環境整備が重要テーマ。
とくにISR・海事パトロール・空中給油など、「戦闘を支える支援機能」への投資が増えている点は、各国の空軍がネットワーク化・統合運用を重視していることの現れだといえる。
- システム別分析:付加価値の源泉としてのサブシステム
軍用航空機市場は、プラットフォーム(機体)だけでなく、以下のシステム別市場で構成される。
- 機体(Airframe)
- 機体構造、ステルス外形、複合材の採用など。
- 軽量化と生存性向上の両立が設計上の大きな課題。
- エンジン(Engine)
- 推力・燃費・信頼性・整備性が競争要因。
- 超音速巡航(スーパークルーズ)能力や低赤外線シグネチャの実現が重視される。
- アビオニクス(Avionics)
- レーダー、電子戦(EW)システム、通信・データリンク、フライトマネジメントシステムなど。
- AESAレーダー、統合センサー、オープンアーキテクチャ化によるアップグレード容易性がキーワード。
- 着陸装置システム(Landing Gear System)
- 高荷重・高頻度運用に耐えうる信頼性が求められる。
- 艦載機や短距離離着陸(STOL/VTOL)機では、とくに高度な設計が必要。
- 武器システム(Weapon System)
- 空対空・空対地・空対艦ミサイル、精密誘導爆弾、スタンドオフ兵器など。
- プラットフォームそのものよりも、搭載兵器・センサーの高性能化により、戦闘力が大きく左右される傾向が強い。
付加価値の面では、アビオニクスおよび武器システムの比重が増しており、「同じ機体であっても、搭載システム次第で性能が大きく変わる」時代になっている。このため、機体寿命を延ばしつつ、世代を超えたシステムのアップグレードを可能にするモジュラー設計が重視されている。
- 地域別動向
6-1. 北米
2018年時点で40.5%のシェアを占める北米は、世界最大の軍用航空機市場である。特に米国は、
- 第5世代戦闘機(F-35)の大量配備
- 次世代長距離爆撃機(B-21 Raider)開発
- 次世代制空戦闘機プログラム(NGAD)
- Future Vertical Lift(FVL)による次世代回転翼機開発
- 空中給油機(KC-46)など大型支援機の近代化
といった大型プログラムを多数抱えており、今後も世界市場を主導することが確実視されている。
6-2. 欧州
欧州では、
- Eurofighter Typhoon、Rafale など現行機の能力向上
- 英・伊・日などによる次世代戦闘機プログラム
- 仏・独・西などによるFCAS(Future Combat Air System)構想
- NATO加盟国による2%国防費目標達成への動き
などを背景に、中長期的な更新需要が見込まれる。また、多国間共同開発・共同運用を通じたコスト分担が重要なテーマとなっている。
6-3. アジア太平洋
アジア太平洋地域は、防衛予算の伸び率が高い成長市場であり、
- 中国による第5世代戦闘機(J-20など)の配備拡大
- インドの国産戦闘機プログラムおよび輸入戦闘機調達
- 日本、韓国、オーストラリア等によるF-35導入・次世代機構想
- 南シナ海・東シナ海など海洋権益を巡る緊張の高まり
といった要因から、戦闘機・海上パトロール機・ISR機などの需要が拡大している。空中給油機や大型輸送機への投資も進んでおり、運用の「縦深性」を高める動きが顕著である。
6-4. 中東・その他地域
中東では、湾岸諸国やイスラエルを中心に、高性能戦闘機・防空システムの導入が続いている。地域紛争やテロ対策に加え、イラン情勢などを背景とした抑止力強化の一環として、空軍力整備が進んでいる。
一方、ラテンアメリカやアフリカの多くの国では、防衛予算が限られていることから、主として軽攻撃機・輸送機・ヘリコプターなどの比較的低コストプラットフォームに需要が集中している。ただし、治安維持・国境警備・麻薬対策などを目的としたISR機・監視機への関心は高まっている。
- 成長の制約要因と課題
軍用航空機市場の拡大には明るい材料が多い一方で、以下のような課題も存在する。
- 開発・調達コストの高騰
第5世代以降の戦闘機や高性能回転翼機は、開発期間が長く、コスト超過のリスクが大きい。 - 防衛予算の制約
経済状況や政権交代により、防衛予算が変動しやすく、大型プログラムの中止・縮小リスクが常につきまとう。 - 輸出規制・技術移転の制約
国際的な輸出管理(ITAR等)や政治的要因により、特定技術の移転や共同開発が制限される場合がある。 - 無人化とのバランス
無人戦闘機(UCAV)、ロイヤルウィングマン構想などが進展する中で、有人機との役割分担をどう設計するかが課題となる。
これらの制約要因を踏まえつつ、各国政府・企業は、ライフサイクルコストの低減、モジュラー設計によるアップグレード性向上、多国間協力によるコスト分担などに取り組んでいる。
- 2032年に向けた展望
2018年から2032年にかけて約6.0%の年平均成長率が見込まれる軍用航空機市場は、今後も以下の方向性で発展していくと考えられる。
- 「プラットフォーム+システム」の統合価値の重視
機体そのもの以上に、アビオニクス・センサー・武器システムの統合による「システム・オブ・システムズ」化が進む。 - ネットワーク中心戦への最適化
データリンクやクラウド型C2システムと連接し、有人機・無人機・地上・艦艇をシームレスに結ぶネットワークノードとしての役割が強まる。 - ライフサイクルマネジメントの高度化
デジタルツインや予知保全(予知整備)技術の活用により、運用コスト削減と可動率向上が図られる。 - 次世代戦闘機・回転翼機プログラムの本格化
2030年代の就役をターゲットとした第6世代戦闘機や次世代回転翼機が、研究開発フェーズから量産・配備フェーズへと移行し、市場規模をさらに押し上げる可能性が高い。
総じて、軍用航空機市場は、世界的な安全保障環境の不確実性を背景に、中長期的な成長が期待される分野である。新造機の調達に加え、既存機の近代化改修やMRO(整備・修理・オーバーホール)サービスも含めた総合的な市場として捉えることで、2032年に向けたビジネスチャンスは一層拡大していくと考えられる。
https://www.fortunebusinessinsights.com/jp/%E8%BB%8D%E7%94%A8%E6%A9%9F%E5%B8%82%E5%A0%B4-102771