空港セキュリティ市場規模・シェア・業界分析 2024-2032年:セキュリティタイプ別、システム別、空港モデル別、地域別動向と予測
新型コロナウイルス感染症のパンデミック後、世界の航空旅客数は急速に回復し、2023年には2019年レベルの約95%に達したと国際民間航空機関(ICAO)が発表している。旅客数の回復と同時に、テロリズムの新たな脅威やサイバー攻撃の増加、空港施設の大規模化・スマート化が進む中、空港セキュリティ市場 は、今後10年間で大幅な成長が見込まれている。フォーチュン・ビジネス・インサイトが発表した最新レポートによると、世界の空港セキュリティ市場規模は2019年に107億8000万米ドルに達し、2024年から2032年の予測期間中に年平均成長率(CAGR)8.50%で拡大し、2032年には311億3000万米ドルに達すると見込まれている。アジア太平洋地域は2019年に35.44%の市場シェアで首位を占め、今後も最も高い成長率を維持すると予測されている。
市場成長を牽引する主な要因
この市場の持続的な拡大を後押ししている要因は複数存在する。まず第一に、ICAOをはじめとする国際機関や各国政府によるセキュリティ基準の強化が挙げられる。2022年、ICAOは手荷物検査の基準を改定し、液体類や粉末状爆発物の検知精度に関する要件を厳格化するとともに、空港の境界監視システムの導入を義務付ける方向で検討を進めている。これにより、世界中の空港事業者は既存システムの更新や新規導入を迫られており、市場の需要を大きく押し上げている。
次に、空港のデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速が大きな成長要因となっている。近年、搭乗手続きのセルフサービス化、手荷物処理システムのIoT化、管制支援システムのクラウド化などが進む中、空港の運用システム全体がネットワークに接続されるようになり、サイバー攻撃のリスクが急激に高まっている。2023年には、欧州の大手空港でランサムウェア攻撃により搭乗手続きシステムが停止し、数千人の旅客に影響が及んだ事件が発生した。こうした事例を受け、各国の空港事業者はサイバーセキュリティ対策への投資を前年比30%以上拡大する動きが見られる。
さらに、新興国における航空需要の急増と空港施設の整備が市場成長を牽引している。中国、インド、インドネシアなどの国では、中産階級の拡大に伴い国内線・国際線の旅客数が年率10%以上で増加しており、政府は新空港の建設や既存空港の拡張事業を積極的に推進している。これらのプロジェクトでは、最新のセキュリティシステムの導入が必須となっており、特にアジア太平洋地域の市場規模拡大に大きな影響を与えている。
分野別市場動向の詳細分析
フォーチュン・ビジネス・インサイトのレポートでは、空港セキュリティ市場を「セキュリティタイプ別」「システム別」「空港モデル別」「空港クラス別」「地域別」に細分化し、各分野の成長動向を分析している。以下に主な分野の動向を整理する。
- セキュリティタイプ別分析
セキュリティタイプ別では、現在「スクリーニング」分野が全体の約32%の市場シェアを占め、最大の規模となっている。これは、ICAOによる手荷物・搭乗者検査の基準強化に伴い、空港事業者が高機能なスクリーニングシステムへの投資を増やしているためである。特に、液体類や粉末状の危険物を高精度で検知できる3D X線システムや、人体への被曝量を抑えたミリ波イメージングシステムの需要が急増している。
一方、成長率が最も高い分野は「サイバーセキュリティ」で、予測期間中に年平均成長率10.2%で拡大すると見込まれている。空港の運用システムがIoT化される中、搭乗手続きシステム、手荷物処理システム、管制支援システムなどがネットワークに接続されるようになり、不正アクセスやランサムウェア攻撃による運用停止のリスクが高まっている。多くの空港事業者は、サイバーセキュリティの統合的対策として、SIEM(Security Information and Event Management)システムの導入や、常時監視体制の構築に投資している。
その他の分野では、「境界セキュリティ」も安定的な成長が見込まれている。空港の広大な敷地の境界を24時間監視するため、光ファイバー侵入検知システムやドローンによるパトロールシステムの需要が増加している。
- システム別分析
システム別では、「機内手荷物検査システム」が現在最大のシェアを占めているが、「バックスキャッターX線システム」と「光ファイバー境界侵入検知システム」の成長が顕著である。
バックスキャッターX線システムは、従来のX線装置に比べて人体への被曝量が約10分の1に抑えられ、非接触で搭乗者の衣服の下に隠された危険物を検知できるため、欧米やアジアの主要空港で導入が加速している。例えば、東京羽田国際空港では2023年から、国際線ターミナルに複数台のバックスキャッターX線システムを導入し、搭乗者の検査時間を短縮すると同時にセキュリティレベルを向上させている。
光ファイバー境界侵入検知システムは、空港のフェンスに埋め込まれた光ファイバーケーブルで振動を検知し、侵入者の存在をリアルタイムで通知するシステムである。誤報率が低く、広大な敷地を効率的に監視できることから、クラスAの大規模国際空港での需要が高まっている。
- 空港モデル別分析
空港モデル別では、「空港4.0」が予測期間中に最も高い成長率を示すと予測されている。空港2.0は従来の機能中心の空港、空港3.0はITを活用した運用効率化を進めた空港であるのに対し、空港4.0はAI・IoT・ビッグデータを統合し、セキュリティと利便性を両立させたスマート空港の概念である。
空港4.0の核心技術の一つは、AI搭載の統合監視システムである。このシステムは、金属探知機、X線システム、監視カメラなど複数のセキュリティ機器からのデータをリアルタイムで分析し、異常な動きや危険物の存在を早期に検知する。シンガポール・チャンギ空港で導入されたAI監視システムは、手荷物検査の誤報率を40%以上削減し、検査時間を25%短縮する効果を上げている。こうした先行事例が、世界中の空港事業者に空港4.0への投資を促している。
- 空港クラス別分析
空港クラス別では、「クラスA」の大規模国際空港が現在全体の約60%の市場シェアを占めている。これは、クラスA空港は年間旅客数が1000万人以上と多く、セキュリティ対策への予算が豊富であるため、高機能なシステムを導入しやすいからである。
一方、「クラスB」「クラスC」の中規模・小規模空港での需要が今後急増すると予測されている。新興国では、国内線の旅客数が増加するに伴い、中規模空港の整備が進んでおり、政府によるセキュリティ基準の強化により、これらの空港でも基本的なセキュリティシステムの導入が必須となっている。特にインドでは、2030年までに約50拡の中規模空港を建設する計画があり、各空港に金属探知機や手荷物検査システムを導入する予定となっている。
- 地域別分析
地域別では、アジア太平洋地域が2019年に35.44%の市場シェアで首位を占め、予測期間中に年平均成長率9.1%で拡大すると見込まれている。これは、中国、インド、東南アジア諸国での空港新設・拡張事業の増加、旅客数の急増、政府によるセキュリティ基準の強化などが要因となっている。例えば、中国では2025年までに約70拡の新空港を建設する計画があり、それぞれの空港に最新のスクリーニングシステムやサイバーセキュリティ対策を導入する予定となっている。
次いで欧州地域(CAGR 8.3%)、北米地域(CAGR 7.8%)が続く。北米地域では、既存のセキュリティシステムの老朽化が進んでおり、更新需要が主な成長要因となっている。欧州地域では、EUによるセキュリティ基準の統一化に伴い、空港事業者がシステムの標準化を進めるための投資が増加している。
市場の課題と今後の展望
空港セキュリティ市場の成長には、いくつかの課題も存在する。最も大きな課題は、高い導入コストである。最新のAI搭載スクリーニングシステムやサイバーセキュリティシステムは非常に高額であり、中小規模の空港事業者にとって導入が困難な場合が多い。また、複数のベンダーから導入したシステム間の相互運用性が低いことも課題となっている。多くの空港では、スクリーニングシステム、監視システム、アクセス制御システムがそれぞれ独立して運用されており、データの共有が不十分であるため、異常検知の精度が低下するケースがある。
しかし、これらの課題に対応するための技術開発が進んでおり、今後の市場には大きな機会が存在する。例えば、クラウドベースの統合セキュリティプラットフォームは、複数のシステムを一元的に管理できるため、導入コストを削減しつつ相互運用性を向上させることができる。また、バイオメトリクスを活用したアクセス制御システムは、搭乗者の本人確認を迅速かつ高精度で行うことができるため、セキュリティレベルを向上させると同時に旅客の利便性を高めることができる。
2024年以降、世界の空港セキュリティ市場は、セキュリティ基準の強化、空港のDX加速、新興国での空港整備などの要因により、安定的な成長を続けると予測される。特に、AIやIoTを活用した統合セキュリティシステムは、今後の市場でのシェアを大幅に拡大すると見込まれており、関連企業はこうした技術分野への投資を加速することで競争力を高める必要がある。